言い切ることの功罪

私はTwitterをやっていて、
フォローしている人や
さらにその人とつながっている人の呟きを
タイムラインで読ませてもらうことを楽しんでいます

深く共感したり
強く同意できる呟きも多くて、
学びにもなるし
自分はどうなんだろう?と振り返ってみたり、
Twitterとはいい関係を保ててると思っています

最近よく目にするのが
呟き方というか表現のしかたについて。

特にSNSでは
ノウハウや手法を手っ取り早く知りたい人が多いから
「これは~~だ!」 とか
「こうしなくちゃダメ!」
と、言い切るスタイルがいいと言われています。

確かに強く断言されると
共感も大きいし、
呟く人の考えや個性みたいなものは伝わりやすいと感じています

答えをすぐ欲しい人には
こうしたスタイルの呟きのほうがいいのでしょうね

これが
言い切ることの「功」の面

一方で
断言する内容に対しては
Yes か No
わかった か わからない
その考えが 好き か 嫌い
という感情しか残らないことも多いなぁと。

これが「罪」の面かな

私のツイートはほぼすべて、
断言ナシ(笑)

~~かもしれません
~~という考え方もできるかも
的な表現にしています

と言うか
私の場合は
物事の捉え方として日頃から
表裏一体とか
逆も真なりとが
捉え方の基本になっていますから。

ですから
私の表現に物足りなさや
キレを無さを感じる人も少なくないだろうと思っています。

もし役に立てているとしたら
それは
「自分はどうだろうか」
「どう感じているのだろうか」
と内省のお手伝いにはなっているかと。

ま、好みの問題でしょう、
表裏一体・逆も真なりの考えからすると
断言するのもしないのも、
どちらでも間違いではないわけで、
どちらを選ぶかは自分の自由なんだと思います

断言したい人はすればいいし
したくなければしなくていい

私は
読む人の選択肢を狭めたくないので
言い切りはしません

そんな緩やかなもんですよ、Twitter

独り言、失礼いたしました。

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